インストラクターの声

ケアを必要とする方が笑って、自分の力で立つ。
ひとの尊厳を取り戻せるのがユマニチュードの力です。

髙澤 君予
ユマニチュード認定インストラクター / 介護福祉士
IGM-Japon合同会社 所属

あなたは大事な存在――ユマニチュードが伝えたいメッセージ

ユマニチュード研修を受けた日の感動は今でも忘れられません。実践のワークショップで私は体位交換をされる患者さん役を務めたのですが、ケアするひとの手の触れ方、動かし方、声のかけ方すべてに「あなたを大切に思っている」というメッセージが伝わってきて、泣きそうになってしまったのです。「あなたを大事に思っている、と伝えられることはなんと幸せなことだろう」と。

ある程度の力を要する体位交換ですが、ユマニチュードではさほど力は必要としません。体の重みを分散できる手順や姿勢が考え抜かれており、しかもベッドの手すりをつかんでもらうなどして本人の能力を最大限活用するからです。強い力を必要としないから、ケアされるひとは体に衝撃や痛みを感じず、むしろ愛情や優しさに包まれます。さらに、できるだけ本人の力を使うので、体の機能を維持することができるのです。

研修を受けた当時、私は介護福祉士として働くかたわら、認知症の父の介護もしていました。仕事では訪問介護事業所のサービス提供責任者、有料老人ホームでの介護職員などを務めてきましたが、父の介護となると、感情のコントロールがむずかしく、つい感情的な言葉を発してしまうこともありました。苦心したのはトイレ介助でした。トイレに間に合わず粗相してしまうので「足をここに置くんだよ!」「こっち向いて!」と叱り、ぐいと体を動かしてしまうことがありました。父は表情を硬くして悲しそうなときもあれば、「わかってる!」と声を荒げることもありました。その後、決まって私は「なんて優しくないのだろう」と自分を責めました。

そんなとき、インターネットで「ユマニチュード」という言葉に出会い、「介護を楽しくしてくれるかも」と予感を感じて研修を申し込んだのです。実際に体感して、私はユマニチュードが大好きになりました。認知症の父のために、そして、介護施設で暮らすご高齢の方々、現場で働く介護職員のためにも、もっと勉強して身につけたいと考えたのです。

認知症の父を介して、ユマニチュードの学びが深まった

自宅に帰ると、研修で習った技法で父の介護を始めました。これまで話しかけてもほとんど反応しなかった父が私をじっと見つめてくれたり、なかなか飲んでくれなかった飲み物を飲んでくれたりと確かな手応えが感じられました。でも、肝心のトイレ介助では、まだ知識も技術も未熟でユマニチュードの技法で目を見て優しく話しかけたりしたのですが、なかなかうまくいきませんでした。

そのうち父は寝たきりになり、ユマニチュードを勉強している最中に亡くなってしまいましたが、私は勉強を続けました。新しいことを学ぶたびに私は強いショックを受けました。体を無理に動かされることは本人にとって不安で不快であること、怒鳴ることは防衛反応だったということ。相手が理解して反応するまで時間がかかるので、待たなければいけないこと――父の無念さがようやくわかったのです。そして、ユマニチュードのケアを受けて笑顔を見せてくれているご高齢の方の映像を見て、父だってこんなふうに過ごすことができたはずなのに…と悔しくて涙が出ました。そのことで、私はまた自分を責めました。そして、同じような思いをするひとが世の中からいなくなるように、と絶対にインストラクターになろうと決めたのです。

自分の力で立ち、意思疎通ができる老後を実現する

私が喜びを感じるのは、研修を受けた受講生の方々から「ケアが楽しくなりました!」という声を聞けたときです。「ほとんど寝たきりで反応のなかった患者さんが声を出した」「暴力的だったのに優しいひとになった」「目が合うと、笑ってくれるようになった」などと喜びの声がたくさん寄せられます。

ユマニチュードを学んで考え方が変わると、まず相手との関わり方が変化します。すると、相手から今まで見たことのない反応が現れます。たとえば、拒否がなくなる、おだやかになる、返事をしてくれる、身体に反応がある、笑ってくれる、立ってくれる、歩く、食べてくれるなど、そのひとらしい豊かな“表情”が現れるのです。ケアをする側もやりがいが感じられて、コミュニケーションが深まり、ケアを通じておたがいが幸せを感じる好循環が生まれます。

私が働いていた施設で、ユマニチュードを取り入れた際もそんな変化がありました。ある入居者の女性は、口腔ケアを強く拒否するので、ごめんねと言いながら2〜3人がかりで手足を押さえて行なっていました。ユマニチュードを学んでからはスタッフと話し合い、無理強いはしないことを決めました。そして、口腔ケアのときは、相手を驚かせないように視界に入る正面で挨拶してから、世間話やご本人が好きなことを話しました。折りを見て「歯磨きしますか?」と歯ブラシを見せると、ご自分で歯ブラシを手に取りました。そして、私が歯ブラシの動作をすると、ご自分で歯を磨き出してくれたのです。

奥歯や歯の裏は磨きづらそうだったので「お手伝いしますか?」とたずねると、「はい」と言って口を開けてくれました。最後に「たくさんご自分でやってくださって助かりました、ありがとうございます」と伝えたら、あんなに口腔ケアを拒否していたのに「ありがとうね」と言ってくださったのです。

ケアの目的はできるだけ相手の健康の回復をしてもらうことです。そして、さまざまな技術を通じて「あなたは人間です」「大事なひとです」というメッセージを届けます。それが相手をひととして認めることになるのです。ですから、清拭一つとっても体をキレイにすることだけが目的ではありません。本人の体力や能力、そのときの状態に応じて自分でも動いてもらうことで、自分で立つ力を維持できるように導きます。そして、ケアを通じて「あなたを大事に思っています」と伝えつづけることで、自分の世界に閉じこもってしまった心をノックして、一人の人間としてこの世界に引き戻すのです。

父が最期に教えてくれたことがあります。亡くなる直前は全介助の寝たきり状態で、言葉はなく、話しかけてもほとんど反応はありませんでした。元気だった頃の父がコーヒーが大好きだったことを思い出し、看護師さんと相談してコーヒーで湿らせたガーゼで口の中を拭いました。すると目を閉じたままの父の目から、ポロリと一粒涙がこぼれ落ちました。目も動かさず、話さず、動かない。そんな状態の父でしたが、ちゃんとわかっていたのです。もう何もわからないだろう、もう聞こえていないだろうと思っても、本人はわかっているし、意思もある。最期の日まで、一人の人間として認めて関わることがどんなに大事か、私は身をもって教えられたのです。

私はずっとLOVE&RESPECT(愛と尊敬)を大切にしていきたいと考えてきました。ユマニチュードで私が最も教えられたのは、「あなたを大事に思っている」という愛情を相手にわかるように伝える大切さだと感じています。ユマニチュードと出会ったことで、ご高齢の方のケアだけでなく、子どもや家族との関わり、同僚や世の中の人びととの関わりをあらためて考えさせられました。ひとと関わるうえで大切なことに気づかせてくれたユマニチュードを、これからもより多くのひとに伝えていきたいと考えています。